ツクイヨシヒサの「必筆!仕事人」

マンガ評論家&ライターのツクイヨシヒサによるブログです。酸っぱいブドウの酸っぱさについて、主に語っていきたいと思います。今後ともよろしくお願いします。

イベント「この“野球マンガ編集者”がすごい!」を開催しました。

TYBlogo_web


2017年3月12日(日)、野球と本の祭典「東京野球ブックフェア」にて、
トークイベント「この〝野球マンガ編集者〟がすごい!」の司会進行役を務めさせていただきました。

コミックナタリー「ラスイニ担当者らが野球マンガ作り語る『この“野球マンガ編集者”がすごい!』」
http://natalie.mu/comic/news/223461

「ラストイニング」「あぶさん」などに携わった堀靖樹氏、月刊少年チャンピオン(秋田書店)にて連載中の「栄冠はオレに輝け!!」を手がける小口太郎氏、「グラゼニ ~東京ドーム編~」を担当する高橋悠太氏が、野球マンガ評論家・ライターのツクイヨシヒサとともに「野球マンガ作り」の裏側を語り合う。

普段なかなか聞くことのできない野球マンガのウラ側を
みなさんに、ものすごいサービス精神で語ってもらいました。

楽しかったー!

足を運んでくださったみなさん、どうもありがとうございました。

こういった野球マンガのイベント、今後もやっていこうと思いますので、よろしくどうぞ、お願いします!




発表!「この野球マンガがすごい!【2017】」


今年も選ばせていただきました!「この野球マンガが現在進行形ですごい!2017」
これを読むだけで、野球マンガの〝いま〟がわかります。『エキレビ!』&『週刊野球太郎』ほかに掲載中。

僕が今年のオススメに挙げた5作品は、『バトルスタディーズ』『ハートボール』『MAJOR 2nd』『ヤキュガミ』『WILD PITCH!!!』(とりあえず五十音順)。


     


これらの作品が最終的にどういったランキングとなり、どんな選考理由が添えられているのか!?
昨年に引き続き、ライターのオグマナオトさんとともに熱いトークを繰り広げています。っていうか、語り過ぎてて長いっ!! 詳しくはリンク先をどうぞ。

●『エキレビ!』の記事
「決定『この野球マンガが現在進行形ですごい!』2017」
http://www.excite.co.jp/News/reviewbook/20170122/E1485018984268.html

kono2017-1


●『週刊野球太郎』(前編)の記事
「決定『この野球マンガが現在進行形ですごい!』2017【1位〜3位編】」
https://topics.smt.docomo.ne.jp/article/yakyutaro/sports/yakyutaro-4575

kono2017-2


●『週刊野球太郎』(後編)の記事
「決定『この野球マンガが現在進行形ですごい!』2017【4位〜次点編】」
http://news.mynavi.jp/news/2017/01/30/164/

kono2017-3


『エキレビ!』では、主に2016年を総括した〝最新の業界事情〟について、
『週刊野球太郎』では、主に〝ランキング作品の選評〟について、野球マンガ@ディープな話を展開しています。


「キャプテン」コラムを書きました。

capt1

スポーツニッポン新聞社より発刊されている、
野球マンガ新聞「マンガ アルチーボ」にて、
「キャプテン」のコラムを4週間にわたり書かせてもらいました。

各回の主なテーマは、

・「代替わりシステム」の効用
・大人たち(主に母性)の欠如
・野球描写における4つの特徴
・イガラシが象徴する野球哲学

です。


野球マンガ史を俯瞰したとき、
「『キャプテン』とはなんぞや」という問いかけはとても重要で、
構成、演出、ストーリー、キャラクター等々、
「どうしても語っておきたい!」というポイントが毎回、多すぎて困ります。



なぜ「タッチ」のダ・ヴィンチニュースは叩かれるのか?


中身があまりにヒドすぎて「声も出ないわ」と話題になっている「ダ・ヴィンチニュース」の
「『タッチ』のタイトルの由来にファン衝撃『驚きすぎて声も出ないわ(呆然)』」という記事。

いったいどこがヒドイのか、テキトーに検証してみます。


tdv-1

tdv-2

※画像は2016年10月22日(土)18時00分付で、ダ・ヴィンチニュース発として、ヤフーニュースに取り上げられた記事の画面写真です。


【この記事がヒドイ!①】
上杉達也と和也を間違える


文中でいきなり目を奪われるのが、

「なんで『タッチ』で上杉達也を殺したの?」というド直球な質問から始まって……

というくだりです。


「達也」と「和也」の名前をナチュラルに間違えるという、ド直球なミス。
なかなかの剛腕です。


しかしまあ、こういう単純な誤植を見つけて、鬼の首を取ったように喜ぶのはいけません。誰にでも間違いはあるのです。



【この記事がヒドイ!②】
浅倉南の名前を間違える


達也と和也が「オレがアイツで、アイツがオレで」と入れ替わるなか、ヒロインが登場します。

朝倉南の夢を叶えるため甲子園を目指すのだが……




「浅倉南」です。

「朝倉」じゃありません。

執筆者の方は、冒頭で『タッチ』のことを「スポーツマンガの不動の名作」「誰もが知っている同作」と讃えているわりには、どうも記憶がボンヤリしているみたいですね。


メインキャラが達也と和也と南しかいないのに、
全員ふんわりと間違えるというのは、かなり高度なテクニックです。
意外に技巧派です。


作品名称の由来を記事にされるぐらいですから、執筆者の方はご存じなのだと思いますが、
主人公が戦国武将の「上杉」を冠しているのに対し、
ヒロインのほうは、織田信長に対抗した「浅井・朝倉」の連合軍からとって、「浅倉」南です。



【この記事がヒドイ!③】
タイトルの由来が、別に衝撃でも驚愕でもない


今回の記事について、表記や内容の細かい点(ホントは細かくも何ともないけど)がツッコまれるのは、そもそも「タイトルの由来なんて衝撃でも何でもないから!」という、
壮大なツッコミを多くのファンが共有しているからです。


『タッチ』が「バトンタッチ」なんていうのは、
それこそ Wiki あたりにも堂々と書いてあるわけで、
「今さら記事にするか!?」「ヤフーニュースほかの転載先も少しは考えろよ!」と思われるのはやむを得ないところではないでしょうか。


っていうか、
じゃあ、どんな由来だと思っていたんだよ?


記事のなかでは、

天地がひっくり返るような事実


とか言ってますけど、

むしろひっくり返る前の事実のほうを個人的には教えてもらいたいです



つまり、もともと記事の切り口や組み立て方が恣意的であり、「ホントに『タッチ』に興味がある人間が書いたのか!?」という疑念をかき立てるつくりになっちゃっているわけですよ。



【この記事がヒドイ!④】
気になり出したらキリがない


そうなってくると、些末な部分まで疑いたくなってしまうのが、おろかな人間の性です。ゲスのカン繰りというヤツです。

記事内では、「ファンに衝撃が〜」とか言っていますが、
そのファンがいったい誰なのかについて、まったく触れていません。

ツイッターを適当に検索した結果なのか、執筆者が周囲と雑談したまとめなのか、それともコアなあだち充ファンの集会にでも参加したのか。
具体的に誰にとって衝撃だったのかは、今回の記事を成立させる根幹要素だと思うのですが、なぜ明記を避けるのでしょうか?


締めの一文も気になって仕方ないです。


ここから話は盛り上がっていくため、あだちの描いたとおり見事にバトンタッチできたのかもしれない。


……
見事にバトンタッチできたのかもしれない。


……
できたのかもしれない。





どっちだよっ!

なに、「できたのかもしれない」って?!

バトンタッチできたと思っているの? それとも、できなかったと思っているの?

「ここから話が盛り上がっていく」って言うなら、成功じゃないの!?
もし見事にバトンタッチできていなかったら、盛り上がらなかったんじゃないの!?



……とかね。



ネットニュースが大変なのは、僕もわかっているつもりですけど、
こういうのって「ダ・ヴィンチ」編集部も本意じゃないでしょう。

もちろん、あだち先生や「タッチ」が話題になるのはうれしいことだし、
もっとみんなが喜べるような、良い感じにならないものかなー。



考察『昭和元禄落語心中』/〝表現者〟と〝体現者〟の対比


   
    『昭和元禄落語心中』


ちょっとお仕事の関係で、アニメ『昭和元禄落語心中』のDVDを手に取ったら、
結局、面白くて第1シーズンの最終話まで一気に観直すはめになりました。

ので、考察&雑感を備忘録。
いつもの「ネタバレ配慮のショートコラム」的なアレです。

─・─・─・─・─・─・─・─・─・─・─・─・─・─・─・

『昭和元禄落語心中』は、
有楽亭八雲(八代目)と、彼の親友・有楽亭助六(二代目)、
さらに八雲の弟子・有楽亭与太郎という、
3人の落語家を中心にして巡る物語です。

観始めて、まず思うのは

「夏目漱石の『こころ』みたいな話だなあ」

ということ。

理知的な師、彼を慕う若者、ほのめく暗い過去……。
ああいう雰囲気が好きな人は、まあハマる気がします。

で、「先生」と「K」がそうであったように、
『〜落語心中』においても
「八雲(というか菊比古)」と「助六(あるいは初太郎)」
の過去が、とても重要な意味を持っているわけです。


この作品を観ながら、僕がもっとも
「うまいなぁ」「エライこと描くなぁ」と考えさせられたのは、

「〝表現者〟と〝体現者〟の対比」です。



   


落語というのは、いうなれば
「人間の業をあたたかく受けとめるエンターテイメント」です。

人間が人間らしいがゆえに、陥る滑稽さ、醸し出す可笑しみ……。

そう考えると、八雲(というか菊比古)は、
落語からもっとも遠く離れた生活を送っている男です。

彼は人生全般において己が理性を働かせ、
不相応な振る舞いを自らに許しません。

彼にとって落語は、
生きるために身に付けざるを得なかった「芸」であり、
だからこそ大名人と呼ばれるほどの
腕前にまで磨き上げることができた、ともいえます。


一方、助六(あるいは初太郎)は、
自分と周りの感情を何よりも優先させる、
人間味が服を着て歩いているような男です。

彼にとって落語は、自分自身の「生き様」であり、
だからこそ彼の噺は、名だたる真打ちを差し置いて
人々の心を捉えて放さない、と解釈することができます。


が、しかし……。



   



助六(あるいは初太郎)は、

誰よりも落語的であったがゆえに、
その業によって身を滅ぼしていきます。


落語の〝表現者〟となった八雲(というか菊比古)と、
落語の〝体現者〟となった助六(あるいは初太郎)。


2人の生き方を決定的に分けて見せたのが、
みよ吉(もしくは百合絵)という哀しい女性の存在でした。

落語から遠く離れた価値観で生きていたから、
みよ吉を退け、落語を選ぶことができた八雲(というか菊比古)。
落語そのものの人生を送っていたから、
みよ吉を受け入れ、落語を捨てる決心をした助六(あるいは初太郎)。

この皮肉めいた対比が、『〜落語心中』という作品の
根幹を成していることは疑いようがありません。

浅田次郎の小説『三人の悪党 きんぴか1』に、
以下のようなセリフが出てきます。

「あれほど言ったじゃねえか、浪花節は聞くもんで、歌っちゃならねえって」


助六(あるいは初太郎)に聞かせてあげたい言葉です。

『〜落語心中』、来年のアニメ第2シーズンも楽しみです。

tsu-c2-2



   
【 ツクイヨシヒサ 】


マンガ評論家&ライター。1975年生まれ。書籍、雑誌、ムック、インターネットなどで活動。

●ツイッターはこちら↓ https://twitter.com/tukui88

●執筆・取材・講演依頼等のお問い合わせは、下記の【メッセージ】フォームよりお気軽にどうぞ。ご意見・ご感想もお待ちしています。

●著書「あだち充は世阿弥である。──秘すれば花、『タッチ』世代の恋愛論」(飛鳥新社)発売中。

  


●編著「ラストイニング 勝利の21か条 ─彩珠学院 甲子園までの軌跡─ (ビッグ コミックス〔スペシャル〕)」(小学館)発売中。

  


メッセージ

名前
メール
本文