ツクイヨシヒサの「必筆!仕事人」

マンガ評論家&ライターのツクイヨシヒサによるブログです。酸っぱいブドウの酸っぱさについて、主に語っていきたいと思います。今後ともよろしくお願いします。

2010年07月

高校球児と「帽子のカタ」についての文化的考察(後編)

引き続き、高校球児の帽子の話です(こちらが前編です)。


今度は、図の「B」の部分について考えていきましょう。


もう1度、↓図のほうを確認してみます。

【図解「野球帽の〝カタ〟」】

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「B」の部分は、帽子のツバの端を指しています。
左右どちらも当てはまります。


じつは高校球児が帽子のツバを折る場合、
「中央から真っ二つに折る」ということはあまりありません。

多くは図の「B」の部分を左右から真ん中に向けて折り曲げます。



つまり、折ったあとの形を「逆V字」にするのではなく、
「逆U字」あるいは「Ω(オーム)」型 にするわけです。


その理由について、オレは最初「野球マンガのマネ をしているのではないか」と考えていました。

例えば『ドカベン』の不知火守のように、投げ終わった後、
ツバの隙間から「片目だけがバッターを睨みつけている」みたいな感じにしたい、とかね。

でも、実際に現物のマンガを確認してみると、不知火の帽子って
ツバに切れ目が入れてあるだけで まったく曲がっていない!(笑)

というか、意外に野球マンガで極端に帽子を曲げている描写って少ないんですよ。

『巨人の星』も『アストロ球団』も『キャプテン』もたいして曲がってないし、
80~90年代の『タッチ』や『やったろうじゃん!!』あたりでも「曲がってるかなー」ぐらいの印象。

さすがにゼロ年代以降の作品になるとだいぶ曲がってくるんですが(一番リアルなのは『ラストイニング』かな)、
高校球児の「帽子の〝カタ〟」文化というのは、少なくとも
オレが現役だった90年代初頭にはすでに確立されていましたから、
時代の前後を考えると「マンガのほうが現実の高校野球の影響を受けた」と考えるのが自然です。


マンガの影響ではないとしたら、では、あのツバは何に影響を受けたのか!?


話が振り出しに戻ってしまったある日、グラウンドで帽子を整える球児の仕草を眺めていてピーンと来ました。

あの、ソフトタッチな指使いで頭を触る仕草。。。。。。


あれは、、、、、、



ヤンキーがリーゼントを気にするときの仕草に似ている!(笑)



そう、高校球児にとっての帽子のツバとは、
ヤンキーにとってのトサカにあたるのではないか、という仮説です。


だとすれば、彼らがツバを「逆V字」ではなく、
「逆U字」あるいは「Ω(オーム)」型にする理由もわかります。

あれは、「ツバを折り曲げたかった」のではなく、
「ツバをリーゼントっぽくしたかった」のです!(ホントかよ!?・笑)


試しに今度、ビシッとカタのついた帽子を球児からムリヤリ奪い取ってみてください。
往年のヤンキーばりに「ンッだよ! 勝手に触ンなよッ!!」とキレるはずです(テキトーに言いました)。




というわけで、高校球児の帽子がなぜ曲がっているのかという理由 については、

「戦国武将やヤンキーのように、強くてオシャレな自分を演出したいから」

という結論を得ることができました。


あの帽子の形は「前立+リーゼント」という構成ででき上がっていたんですね。




若いってステキです(これ以上ないテキトーさで言いました)。



でも真面目な話、大半が坊主頭の球児たちにとって、帽子ってホント重要なアイテムなんですよね。

時にグラブやスパイク以上のこだわりを持って、大切にしている。

数少ない自己主張できるアイテムなんですよ。



というわけで、次回はいよいよ

「なぜ高校球児の眉毛はあれほど細くて薄いのか」

について考えていきます。







ウソです。

高校球児と「帽子のカタ」についての文化的考察(前編)

──なぜ高校球児の帽子はあれほど曲がっているのか?──




この大いなる命題について、これまで深く語られたことはあまりなかったように思います。

でも、疑問に思った人はたくさんいるでしょう?

プロ野球もメジャーリーグも、普通にかぶっているのに、
なぜ高校球児だけがあれほど異様に帽子を変型をさせているのか。。。

今回はそのナゾに迫ってみようと思います!(祝・高校野球シーズン到来!!)



まず前提となるのが、あの高校球児の帽子に対するこだわりは、
オシャレであってオシャレではない、ということだと思います。

例えば、巨人のクルーン投手が、B系っぽく帽子を斜めにかぶるのは、
時代を意識したオシャレと言えるかもしれませんが、
高校球児のそれは根本的に意味合いが異なるんじゃないかと。

あれは流行り廃りのオシャレではなく、
言ってみれば 伝統的な「様式美」 みたいなモノだと思うんですよね。


高校野球の世界で帽子の形を整えることを
俗に「カタを作る」と言います。

この「カタ」にはある一定のフォーマットのようなモノが存在します。


言葉だけで説明するとややこしくなりそうなので、↓下に図解しますね。


【図解「野球帽の〝カタ〟」】

  f68b5e01.jpg



すみません、いま机のスミで書いただけなのでテキトーです(笑)。

えっと、ポイントは「A」と「B」の部分ですね。


まず「A」の部分ですが、高校野球では一般的に
この前部分が 高く立ち上がっている状態 を良しとします。

実際には「A」の部分だけでなく、前面部全体を扇が開いたように高く立ち上げます。

帽子には上から見たとき、ラインによって6つにわかれている「六角」と、
8つにわかれている「八角」があるんですけど、
後者のほうがこの前面部の「カタ」がつけやすいので人気があります。


球児たちは、この前面部を立ち上げるという行為によって
自分たちの「強さ」をアピールします。

しかし、いったいなぜ 帽子を立てることが「強さ」のアピールになる のでしょうか。

問題はココです。


オレはこの点に関して「戦国武将の前立(まえたて)論」を唱えています。

前立というのは、武将が兜の額のところに立てている目印のようなモノです。

直江兼続の「愛」や、伊達政宗の「弦月(三日月)」なんかが有名ですかね。

あれは、つまり「オレは名のある武将だぞ!」というアピールをして、
見る者をビビらせているわけです。


同じように高校球児も、ああやって前面部を異様に立ち上げることによって自分を誇示し、
相手に「あの選手はタダモノじゃない!」「ウワサの傾奇者じゃね!?(ガクブル)」と
思わせようとしているんじゃねーだろか、というのがオレの仮説です(笑)。


まあ、大相撲の大銀杏でも、ライオンのたてがみでも、何でもいいんですけどね。

要するに、そういう威厳というか威嚇を感じさせる雰囲気があるので、
「強そう」「上手そう」「怖そう」というイメージが生まれるんじゃないかと。

で、それは究極的にブラウン管の向こうのファンはわからなくても、
目の前の対戦相手に伝わればいいわけです。



長くなってきたので、続きは後編で!

最近、観た映画

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日曜日に『インセプション』を観てきました。

ケン・ワタナベとディカプリオがやたら宣伝しまくりなヤツですね。

ネットとかでは割と評判がよさそうなので期待してたんですけど正直、期待ハズレでした。


一言で言ってしまえば「ザッツ・ハリウッド」って感じ。。。
「オレたち、こんなスゴイ映像が撮れるんだぜー、ヒャッホイ!」という部分以外、
あまり観るべきポイントはなかったです。そういう意味では劇場に足を運んでよかったのかも。


以下、ポイント。
・全体に『マトリックス』というか、『攻殻機動隊』っぽいんだけど、内容が薄い。
 「あえて説明しない」のではなく、単なる「説明不足」にしか感じない描写が多かった。
・上記に関連して、登場人物に深みがない。
 とってつけたようなキャラクター像に加え、バックボーンも描かれないので感情移入しにくい。
・「夢の中の夢で・・・」というパターンは、『メメント』の記憶消失や映画版『ドラえもん』の
 タイムマシーンなどを思い出したが、観客が「ああ、そうだったのか!」と
 ヒザを叩くような仕掛けが少なく、消化不良の感がした。
・ただしラストのシーンは、個人的に好きな流れだった。ちょっとブラックで。



酷評すぎ?(笑)

でも、これだったら先週末に観た『トイ・ストーリー3』のほうが断然よかった。


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これ、ピクサーずるいよね。

一見、子どもをターゲットにしているように見せかけて、完全に大人を泣かしにかかっているもの。

オレが幼い頃、遊んでいた人形やロボットたちが走馬灯だったもの。


確かに、主人公たちの言動は子どもっぽくて、すごく単純なんだけど、
それは彼らが「オモチャだから」という、じつにわかりやすいエスケープがある。

・オモチャだから、人間に愛されたい。
・オモチャだから、持ち主を喜ばせたい。
・オモチャだから、捨てられたり遊ばれなくなったら悲しい。

行動原理が単純な分、すごく共感してしまった。


複雑な設定と、煩雑な描写で、観客が遠ざかってしまいがちな『インセプション』とは真逆。

というか、『インセプション』のほうがむしろ若いコ向きなのかも。


『トイ・ストーリー』のほうは子どもが観ても、大人ほど面白くないんじゃないかな。

これって「大人が子どもに見せて、大人が満足する映画」だと思う。

必殺シルバニアン登場

【『必殺シルバニアン』名鑑No.1】



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●プロフィール

 なまえ  / ショコ村モンド(♂・ショコラうさぎ)

 しごと  / みなみシルバニア奉行所・同心。

 好きなもの/ スイートキャロット。
        たくさんあげると「はらせぬうらみをはらして」くれます。

 じゅうしょ/ 八丁堀にある「ちょうちんの灯る大きなお家」。

 ひみつ  / 表の顔は「ひるあんどん」、裏の顔は「すごうでのけんかく」です。















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 ── ツクイヨシヒサは、『必殺』シリーズと『シルバニアファミリー』を応援しています。 ──

微笑ましいな、サッカー代表。

今回もワールドカップ狂騒曲が列島を駆け巡ったわけですが、
こういうのを観ているとやっぱり
「こりゃァ、10年後、20年後の野球界はヤバイねー」と思うわけですよ。


だってサッカー代表、泣いて笑って楽しそうですもの。


子どもたちがこの状況を観てたら、絶対に野球よりサッカーを選ぶでしょ。


仮に野球の日本代表が、WBCの決勝トーナメントで
あっさり負けて帰ってきたら、こうはいかないですもんね。

帰国後の会見なんて、誰も観たがらないですよ。

もしその場でモノマネやアカペラなんてやろうものなら、
「オマエら、野球の日本代表を何だと思ってんだ!?」
って怒号が飛び交うでしょうね(笑)




「試合後の涙」にしても、そう。

もしあれが野球だったら、少なくともオレは
「泣くほど頑張ったんだから許してやろうよ」
とは思えないですよ。

日本の野球界トップの男たちが、その責任の重さを知った上で全力で戦った。
負けたら泣いて済まされないことぐらい、彼らが一番よくわかっている。
それでも、どうしても堪えきれずにグラウンドで涙が流れてしまった。

だったら、あえてその涙は見なかったことにしてやるのが、ファンなんじゃねーの!?
その気持ちをくんでやるのが、応援するってことじゃねーの!?
なんて思っちゃいますもの。テヘ。



「失敗した選手をみんなで慰めてたから感動しました」とか、
「記者会見でも笑いが取れるほど団結力がありました」とか、
いちいち「高校球児かよっ!!」とツッコミたくなるような
ナマ温かいエピソード満載の日本サッカー界は、
やっぱり観ていて微笑ましいものがありますね。

世のお母さま方が我が子にサッカーをやらせたがるのもわかります。



でもまー、グラウンドで汗を流す選手たちにしてみれば、
日の丸の重さは野球もサッカーも変わらないんでしょうけどね。

こういうのって観る側の問題ですよね。


というわけでサッカー日本代表、ワールドカップ・ベスト16。
おめでとうございました。
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【 ツクイヨシヒサ 】


マンガ評論家&ライター。1975年生まれ。書籍、雑誌、ムック、インターネットなどで活動。

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●著書「あだち充は世阿弥である。──秘すれば花、『タッチ』世代の恋愛論」(飛鳥新社)発売中。

  


●編著「ラストイニング 勝利の21か条 ─彩珠学院 甲子園までの軌跡─ (ビッグ コミックス〔スペシャル〕)」(小学館)発売中。

  


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